学校の先生に
伝えたいこと
つちだです。学校の先生の研修会で、みなさんから聞かせていただくお話を基に、『精神に障がいを持つ親御さんと暮らす子どもの生活状況・子どもの声』 を伝えてきます。
子どもの頃の生活を振り返って、学校の先生に 「こんな風に対応して欲しかった」、「こんな風に声をかけてくれて嬉しかった、こんな配慮をしてもらってありがたかった」 というようなことがありましたら、教えてください。代弁する形になりますが、伝えてきたいと思います。
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学校の先生方にも『精神障害の親を持つ子供』がいるというのを知ってもらうのは大事なこと
A さん
学校の先生方にも『精神障害の親を持つ子供』という子供がいるというのを知ってもらうのは大事なことだと思います。
自分の母親が症状が酷く出た時は、私は小学四年でした。今から 20 年くらい前ですね。
当時はまだ精神障害なんか世間では『?』な病気だったのではないかと思います。心の弱い人がかかるとか…人格が崩壊するとか…病気という風には捉えられてなかった様な感じだと思います。
学校の先生に求めること…もし、生徒さんが『うちのお母さんの様子がおかしい』と相談してきたら、きちんと話を聞いてあげてほしいです。そのためにも先生方には精神障害の病気についても知識を持っていてほしいです。
あと『親は親。あなたはあなた』と言ってほしい。
うまく言葉にできないんですけど、『親がダメだから子もダメ』みたいな変な差別の様な偏見のような目で見られているような感
じを私はずっと思ってました。親がまともじゃないから、私も普通じゃない、みたいな。
そんな時に『あなたはあなたよ。』と自分を認めてくれるような言葉をかけてくれる人がいたら私の人生はもっと違ってたような気がします。学校の先生だけに求めることじゃないかもしれないんですけどね。
子が家庭以外に大人と接する場所って学校ですからね。
精神障害を持つ親と一緒にいて疲れ果ててしまってる子供にはその子供の存在を認めてくれるような人が必要だと思います。
あるとき担任の先生に声をかけられました。
B さん
同居はしていませんが、未治療だった期間の長い片親と、発病から 30 年たった独身のきょうだいの二人の当事者を抱えています。健常者だったもう片親は 10 年以上前に亡くなりました。
現在の私は結婚し子供も授かり、心のより所を持ちました。しかし、子供のころの私は、決して幸せではありませんでした。
私は少人数のアットホームな学校に学んでいました。
親のかかわりも多い学校でしたので、ほとんど顔を見せず、たまに会う機会があると、病的な雰囲気のする私の親に、先生はきっと違和感を覚えていたはずです。
あるとき担任の先生に声をかけられました。
「あなた、どうしたの?何かあったの?いつもよりも元気がないように見えるわ。話してくれてかまわないのよ。」と。
ちょうどその頃、すでに発病していた親に加え、きょうだいも発病し、家の中はすさんでいました。知らず知らずのうちに私の表情が普通ではなかったのかもしれません。
本当にうれしかったです。
つい、「いいえ、なんともありません」と答えると、先生は私の目をじっと見て、とってもゆっくりと「そうなの?」とおっしゃいました。今でも鮮明に覚えています。
私は、自分のことを見ていてくれる人がいる、というだけで、救われた気持ちになりました。
私は主人に出会うまで、先生の言葉をよすがに、生きてきたのだと思っています。
先生方はお忙しいことと思いますが、折に触れ、言葉かけをしてくださるとうれしいです。
もちろん、りえまるさん(初めまして!)のおっしゃっているように、子供の存在を、それだけで認めてもほしいです。
土田先生が、学校の先生に伝えること、を子供の立場の私たちにこうして聞いてくださること自体、うれしいことです。
今までにこんな発想、視点をしてくださる先生っていなかったのではないかと思います。
現在、当事者の二人は調子を崩しています。
特にすでにホームに入居した親のほうは、ひどい状態で、薬を調整するために、入院することを検討中です。
でも、入院が長引けばホームを退去しなければいけない規則になっています。
毎日、色々と考えてしまいます。
仕事中、集中力を欠いてしまい…。家ではにこにこするように頑張っています。
ホームの職員さんが、良心的に一緒に考えて下さるので、ありがたいです。
皆さんも私も、どうか良い方向にいきますように!
土田
先生に伝えたいこと・お気持ちを教えていただいてありがとうございます。
お二人が言われるように、子どものことを気にかけてくれる先生って必要ですよね。
それは、障がいがある・ないに関わらず、どんなお子さんであれ、そんな風に関心を持って、子どものサイン、元気のない様子などに気づいてくれる存在、子どもに関心をもって接してくれる先生に身近にいて欲しいと、私自身は思っています。
サインに気づかないことには、何も始まりませんよね。
そんなこともあって、私の立場からは、子どもさんがどんな風に感じ、どんなサインを発しやすいのかを伝えてくるつもりです。
でも、皆さんからの直接の声の方が、先生方を動かす説得力になるので、同じような思いでもいいので、もしあれば、教えていただきたいと思います。
B さんは先生に気づいてもらえたのですね。うらやましい
C さん
趣旨とは外れてしまうと思いますが、自分の思いを言いたい
B さんは先生に気づいてもらえたのですね。うらやましい
学校の先生にみていて頂けてたんですね
私にはそんな人誰もいなかった(私だけではないと思いますけど・・・)
ごめんなさい、あまりにもうらやましすぎて、泣けてきてしまいました
私はここ数年まで「お母さんがかわいそう」という気持ちだけで生きてきたので
ごめんなさい、決してあなたを批判するわけではありません
あなたのせいでもありません
でも、言いたい
どうしてあなたはそんなに恵まれてるの?どうして私は気づいてもらえなかったの?どうして私はダメなの?
土田
C さんは、誰にも気づいてもらえず、つらい思いをされて来られたんですね。
C さんもおっしゃられているように、そんな方は多いんじゃないでしょうか?
B さんも、そんな風に声をかけてくださった先生は、お一人だったり、少なかったのかもしれません。
だからこそ、その先生の言葉が、とても嬉しく、「私のことを気にかけ、心配してくれている人がいる」ということが、その後の生活の“励み”になったのではないかと思ったりするのですが…。
子どものサインに気づかない先生や、気づいても先生自身の自信のなさから、見て見ぬふりをされていたりするのでは…と思っています。
まあ、その辺りのことを先生方はどう思っていらっしゃるのかを含めて、今度の研修会でお話を伺えたら…と思っています。
そんなこともあって、この研修会では、子どもの置かれている状況や思いもお話ししてきますが、子どもが発するサインについても、お話しできたら…と思っています。
そうすることによって、つらい思いをされる子どもさんが、少しでも少なくなり、つらさを和らげられたら…と思っています。
私は、学校の先生には関心を持って子どもに関わってもらいたいし、サインをキャッチしたら特別な言葉かけじゃなくてもいいので、「元気ないけど大丈夫?」 、「最近、忘れ物多いけど、どうかした?」 などのように声をかけて欲しいと思っているのですが、これまでインタビューさせていただいた方の中には、「突然、声をかけられても、どうしていいのか困る。家の状況をどこまで知っているのかもわからないし…」 と話された方もいました。
うまく言えませんが、声をかけるタイミングであったり、その子どもさんの性格であったり、その辺りは、“個”というものも考えて、対応してもらわないといけないんだな…と感じたりしました。
どこまで学校の先生に伝えられるかわかりませんが、そんなことも含めて、お伝えしてきたいと思います
C さん、とても大変な思いをかかえて過ごされてきたのですね。
B さん
C さん、とても大変な思いをかかえて過ごされてきたのですね。
私は確かに幸運だったのだと思います。
先生に限らず、親せき、近所の方、お友達、お友達の親御さん、誰でもいいから少しでも自分を気にかけてくれる存在があると、本当に救われた気持ちになれますよね。
私は確かに土田先生のおっしゃるように、学校のその先生の言葉を励みに生きてきました。
自分自身が親となり、自分の子供を通して、たくさんのよその子供さんに出会うこととなりました。
子供がまだ小さい頃のことですが、私はちょっとわかる時があったんです。
我が家に遊びにくる子供さんの中で、何というか、雰囲気が寂しげで、つらそうな表情の子がいて、あっ何かあるな、って。
僭越ですが、それとなく見守ってあげるようにしました。
子供さんの中にはプライドのようなものもあり、突然に友達のお母さんから心配顔をされたくない、という雰囲気を感じることもあったので、とにかくは明るい声であいさつをし、なにか上手に物を作ったりしたときには思いっきりほめてあげたり…。
すると、毎回、次も遊びに来てもいいか、などと聞いてきてくれたりしました。
実際に色々と家庭に問題のあるお子さんだったということは、その後、伝え聞きました。…私なりの見守り、受け止めてくれたかな?
ごめんなさい、学校の先生に伝えたいこと、というテーマからだいぶそれてしまいました。
子供なりに様々なサインがあり、またそれぞれのタイプにより支援の仕方も変わってくるので、とても難しいですよね。
でも、少々まとが外れていたとしても、全くの無視よりもずっといいです。忙しさや、戸惑いのあまり、何も手を差し伸べないよりも、学校の先生に限らず私たちみんなが何かを子供のためにしてあげる世の中であってほしいです。
誰かに気にかけてほしいというのは絶対ありますね。
D さん
みなさんのコメントを拝見して、どれも気持ちがわかるなぁと思いました。
誰かに気にかけてほしいというのは絶対ありますね。A さんがおっしゃるように、自分の存在を認めてもらえたらすごくうれしいです。
私は「親がおかしいから自分もだめだ」っていう劣等感を常にもっているので、そうではないと子どもの頃から言ってもらえたらすごくうれしいです。
先生にどんな言葉をかけてもらいたかったかなと、今改めて考えてみたんですが、気づかってもらえるだけで十分いいのかなと思います。
私自身、もし深く何かを聞かれたとしても絶対に本当のことは言えないし、言わないと思います。普通じゃない親がいることを恥ずかしく思っているのに、それを正直に先生になんて言えません。
先生に言ったところでどうにかなるとも思えないし、同じ様なことを経験した人でなければわからないと思っていたように思います、子ども心に。
家庭が荒んでいたせいか、かなり冷めた考え方になってしまっているようです・・・。
これは私個人のことなので、土田先生がおっしゃるように「個」を大切に、一人ひとりに合わせた関わりが大切なんだと思います。
とても難しいテーマだと思いますが、子どもが一人で抱え込むことがないような社会になってほしいものです。
みなさまのコメントを共感しながら拝見させて頂きました。
E さん
みなさまのコメントを共感しながら拝見させて頂きました。
私は子どもの頃に、学校の先生から声をかけてもらった事はないのですが、もし「なにか心配事でもあるの?」と聞かれても、きっと言えなかったと思います。ただ、気にかけてもらえた事に対しては嬉しいと思ったでしょうけれど…。
子どもの頃に戻る事ができたなら、「精神疾患の知識」「その対応の仕方」「助けてくれる相談窓口や社会資源」をやはり知りたかったと思っています。
例えば、学校の保健の授業で「誰もがかかる可能性がある病気なんですよ」と病気の説明があり、「困った時は、保健の先生に相談してね」「スクールカウンセラーに相談してね」「担任の先生でもいいのですよ」と教えてもらえていたなら、相談したかもしれません。
学校の先生には、「精神疾患について学ぶ機会を、学校で取り入れて欲しい」「生徒のはじめの相談窓口になり、地域活動支援センターなどの社会資源(相談・支援窓口)につないで欲しい」
この 2 つをお伝えして頂けると嬉しいです。
私が学校の先生に気遣ってもらいたかったこと・・・
F さん
私が学校の先生に気遣ってもらいたかったこと・・・。
私は、全く気遣ったりはしてもらえませんでした。辛い思い出として、ある出来事を鮮明に覚えています。
小学校高学年の時に、口内炎が3つでき、耳の辺りにもできものができ、疲れているなと、なんとなく実感していたのです。しかし、先生にそれを上手に伝えることが出来ませんでした。
その時は、部活、小体連の練習で体力を消耗し、帰宅後は、母に代わって、食事の後片付けをきょうだいとしてから、宿題も一生懸命やっていました。
その日は、家に帰って、ゆっくり休みたかったのです。そうすれば、体力が回復するのではと思ったからです。
先生に、「疲れるので部活を休ませて欲しい」と言いました。先生は、私がずる休みをしようとしていると思われたのでしょう。かなり叱られましたし、教室で 1 対 1 で長時間説得されました。
結局、そんなに休みたいなら休みなさい!!(怒)というようなことを言われ、泣きながら帰りました。すごく辛かったです。
私は、このような体験をふまえて、「まず、統合失調症とはどのような病気であるのか・・・事例を用いると理解していただきやすいのではと思います」
また、「思春期に発病しやすい身近な病気であること、つまり、先生方が受け持っている生徒さんにも発病する可能性があるのだということ・・・人事ではない、ということを分かっていただきたいです」
そして、「統合失調症の方やその子どもへの関わり方・・・家庭に問題を抱えている場合が多いのではと思います。なので、厳しくすることではなく、子どもの気持ちを汲み取ったり、その子ども一人ひとりの性格をふまえた関わり方をして欲しい」
今のところ、上記のような考えがあります。何か少しでもお役に立てていただけたらと思っています。
皆の言葉が少しずつ社会を動かす力になればいいですね
G さん
皆の言葉が少しずつ社会を動かす力になればいいですね。
これからも何か要望があれば、このように言っていただけると嬉しいです。私は皆さんが投稿される記事を読んで、共感したり、力をもらったり…
言葉の力ってすごいなぁと最近改めて感じています。